買いやすい価格展開ですし、デザインや仕上げ、独特のマッチョな雰囲気もたまらない… そんな「Nivada Grenchen(ニバダ グレンヒェン)」の時計が大好きです。え〜っと、これまでに何本買いましたっけ?? 8本?? たった数年でえらい増えたなぁ(汗)
一度好きになるとしつこい私の性格もありますが、ドレスラインの「ANTARCTIC(アンタークティック)」から、1000メートル(100気圧!!)防水のガチなダイバーズ「DEPTHMASTER(デプスマスター)」に至るまで、手広く網羅している〝ラインナップの魅力〟ってヤツがあまりにも強力だからかもしれません。一度知ってしまうと容易には抜け出せない「底なし沼」… それが「ニバダ グレンヒェン」という時計ブランドです (*´ω`*)
Nivada Grenchen(ニバダ グレンヒェン)の歴史

ところで、読者の皆さんは正直なところ「Nivada Grenchen(ニバダ グレンヒェン)」というブランドにどのような印象を持っていますか??
ちなみにブランドの起源には、家族で細々と時計を作っていた1879年まで遡るべしという説もありますが、あくまでも公式的には1926年、スイスの〝グレンヒェン設立〟で定まっています。つまり、短い方から数えたとしても「ニバダ グレンヒェン ブランドの歴史」は、2026年の今年で目出度くも「100年」に達したことになるんですよ。実際、押しも押されもしない立派な古豪です。
高品質な各種実用時計の量産に次々と成功したニバダ グレンヒェンでしたが、1930年代にブランド名の類似でモバードと一悶着。アメリカでは「Croton Watch Co.」と提携することで「Croton(クロトン)」を名乗るなど、一種の成長痛のようなトラブルもありました。とはいえ、クォーツショックで機械式時計業界がガタガタになるまで、ニバダ グレンヒェンは世界的な知名度を誇るブランドの一つでした。
この期間にアメリカで展開された「クロトン」「クロトン・ニバダ」「クロトン・ニバダ・グレンヒェン」は全て「ニバダ グレンヒェン製の時計」です。ヴィンテージ市場で見付けたときは、そんな歴史の紆余曲折にも注目してご覧下さい。
「筋の通った復活」を見せたNivada Grenchen(ニバダ グレンヒェン)

クォーツショック後の1980年代以降、急激に衰退したニバダ グレンヒェンの商標権は複数の手に渡りました。時計文化の文脈で言えば、これは事実上の〝半休眠状態〟。実際、時計好きの皆さんが注目するような状況ではありませんでした(ちなみにニバダがお世話になったクロトンも同様の末路を辿っています)
没落した機械式ブランドにありがちな、珍しくもない顛末ではありますが、それではあまりにも惜しいと「ニバダ グレンヒェンの名前」を〝救出〟したのが、「ウィリアム エル 1985」の創業者ギョーム・ライデ氏と「モントリシャール・グループ」のレミ・シャブラ氏でした。
〝時計が好き過ぎる実業家〟として知られるライデ氏が絡んでいると聞くだけで、個人的には凄まじい安心感があります。ライデ氏のビジョンはいつでも明確で、商売以前の「良い時計を作る」という部分を疎かにしたことがありません。
今のところ過去のアーカイブを基盤に、忠実な復刻路線を進めることで「ブランドの歴史そのものを再現」するかのような展開が目立つ「ニバダ グレンヒェン」。過去作を知るニバダファンをガッカリさせないように配慮しつつ、ブランドの歴史そのものを現代の時計ファンに〝追体験〟させようと努めていることが解ります。
昨今、ブランドの復活劇は枚挙に暇がありませんが、中でも「ニバダ グレンヒェンの復活」には、一本の明確な意図と〝筋〟が通っているように思います (*´∀`*)
「ゾンビブランド」ではないのか??

海外の腕時計掲示板を拝見すると、新生「ニバダ グレンヒェン」への評価は「7:3で良好」といった印象です。価格で考えたら相当に満足できるといった声が多く、過去作に対する再現性の高さも、昔を知るオールドファンも唸らせています。
その反面、一部には「所詮はゾンビブランドではないのか??」と疑問を呈する声も見受けられました。忠実な復刻を売りにしていることが転じて、それが「過去の亡霊(アーカイブ)を呼び起こしているだけ」といった不満を漏らす声に繋がっているのです。
昨今の「商標買いによる復活」に対して、懐疑的な目を向ける時計愛好家の気持ちは理解できます。〝ノスタルジー頼みに過ぎない〟という意見に関しては、さすがに辛辣過ぎる気もしますが…
ただ、この問題の本質はそこではないと私は考えています。一族経営で一気通貫のまま歴史を重ねたブランドに〝至上の価値〟があるとする意見はご尤もです。ですが実際は子孫たちに「経営を継げ!!」と命じたところで、子孫にだってそれぞれ自分が歩みたい道があるでしょう。
であれば、ブランドの歴史やそれを支えてきたファンの存在を尊重できる「解っている経営者」に委ねて〝新たな歴史の一歩〟を踏み出すことの方が、余程現実的で前向きです。復刻に関しても「過去の名作に惚れた末での復刻」と、ネタに枯渇して走った「安易な復刻」は分けて評価すべきでしょう。
そもそも経営の純血を守り抜き、今も続いているブランドを数えてみて下さい。国家の体制が変化するように、ブランドだって紆余曲折は避けられない。それが「創業147年の重み」です。
評価が別れる「F77」

本日、中心に据えてお話するのは「ニバダ グレンヒェン」随一のラグジュアリースポーツタイプ「F77」です。ご覧いただければお解りの通り、案の定このモデルは海外掲示板で、幾度も議論の火種になっています。
「ロイヤルオークじゃないか!!」
まあ、そうなんですけどねぇ(笑) 実際、巷に溢れる〝ロイヤルオーク擬きシリーズ〟の中でも、かなり大胆に寄せたデザインです。
私も古いロイヤルオークを使っていましたので「ロイヤルオークじゃないか!!」の意見には全く以て同意します。どこのブランドであれ、八角形のベゼルをブレスレット一体型ケースに乗せたら、それはもう、ちょっと理不尽なくらいに「ロイヤルオーク」になってしまうのです。

それでもせめて「ベゼルのビス留め意匠」くらいは、遠慮しておくべきでしたか(汗)
何かと縛りがキツい今の時代では考えられないことです。しかしながら「F77」のオリジナルモデルがリリースされた「1970年代特有の背景」と、時代感すら含めた復刻に命を燃やす「新生ニバダ グレンヒェン」の経営スタイルに想いを馳せれば、ストンと腑に落ちる面が多々あるのです。
オリジナルモデルが産み落とされた「時代」を考える

もはや「純粋復刻主義」と言っても過言ではない「ニバダ グレンヒェン」のやることですから、売れ筋に日和ったように言われがちの「F77」にも、前述の通り歴然とした「オリジナルモデル」が存在します。
登場は1977年。現行モデルとほとんど変わりのないそれは、所謂「ジェンタスタイルウォッチ」です。その姿を見れば、1972年に誕生した世界初のラグジュアリースポーツウォッチ「ロイヤルオーク」に影響されたデザインであることは言うまでもありません。
例えばこれを「ニバダ グレンヒェン」が何らの脈略もなく〝たった今〟リリースしたのであれば、それこそエライコッチャです。非難されても仕方がないかもしれません。
ただし、復刻ならば話は別です。しかも時代は1970年代、あらゆる産業が「売れてる物の右に倣え」を推奨していた時代です。だからこそジェンタ氏のような鬼才が「これじゃいかん!!」と革新的なデザインを推し進めたわけですし、だからこそ混沌の70年代にも多くの模倣が生まれました。
「真似し真似され」… それらが何らの制約も受けず、ほぼ許されていた時代の話です。現代のコンプライアンスから言えば問題だらけの70年代でしたが、この自由奔放な土壌があってこそ、今の時代にも腕時計の文化が廃れずに続いているのです。
欲しかったけれどイマイチ踏み出せず、そして…
復刻版がリリースされて、H°M’S” WatchStore さんが取扱いを開始した直後からひたすら欲しかった「F77」でしたが、実は私の中にも上の段に書き記したような〝わだかまり〟が、意外と長く燻っていました。
思えば、曲がりなりにもロイヤルオークを使っていた事実が、人並み以上にそう思わせていたのかもしれません。事実と感情の軋轢において事実がそれをねじ伏せたのは、ごく最近のことでした。
そして昨年末、満を持して「F77」を手に入れる機会がやってきました。実際、自分の物にしてみるとこれがアナタ… 道具として凄く良い!! こんなにもしっかり作られた時計だったのかと、改めて恐れ入りました (*´∀`*)
最後の抵抗か??「F77 CHRONO MECAQUARTZ」を選択

それでも、最後の抵抗…「3針を避けました」(笑)
理由はそのものズバリ「3針はロイヤルオーク過ぎる」から。そこでお馴染みの「VK64」を搭載した「F77 クロノ メカクォーツ」を購入しました。

3カウンターのトリコンパックスであるロイヤルオークのクロノグラフに対して、VK64のF77は「バイコンパックス」。この差異が何よりもデカいと考えてのことです。もちろん、およそ22万円の機械式3針モデルより〝7万円以上安く手に入る〟ことも、資金力に乏しい私の背中を押しました(笑)
モデル「MK2」は何が違うのか??

珍しいことに「F77」というモデルには、ほんの僅かにデザインの異なる『2つのライン』が存在します。まずは最初に復刻された「MK1」。これはオリジナルモデルにあった清濁を〝味わい〟として飲み込むコンセプトで復刻されたもので、忠実度重視のラインです。
もう一つの「MK2」は、ほんの僅かだけ「現代的解釈」を取り入れてリデザインされたラインです。忠実度では劣るものの、腕載りや使い勝手という面ではMK1を凌駕しています。

私はこの「MK2デザイン」にやられました。復刻一辺倒のように見えて、このような小さな改良を短期間で行った「ニバダ グレンヒェン」の誠実な部分に、やたらと感銘を受けたからです。私が購入した「F77 CHRONO MECAQUARTZ」も、このMK2デザインをベースにしています。ですから抜群に着け心地が良くて、それがそのまま、見た目の「垢抜け」にも繋がっています (*´ω`*)
ラグを下げることで増した、手首との「密着度」

「MK1」と比べ「ラグ」が大きく底面側に向かって下がっています。実際、たったこれだけのことですが、MK1装着時に私が感じた「少し暴れる感じ」は、MK2で見事に解消していました。37ミリ幅のMK1に対して、1ミリサイズアップしているにも関わらずです。
ストラップや他のブレスレット選択に制限のある「ブレスレット一体型ケース」においては、このように根本的なデザイン変更でしか解消できない問題もあります。そして英断の効果は絶大。
実際、アウトラインで言えば区別が付かないほど酷似している「MK1」と「MK2」ですが、腕に載せた感触は〝完全に別物〟です。
今風になったMK2の「横顔」

ラグを下げる英断は、デザインの洗練にも大きな役割を果たしました。時代感を目的に細部に忠実な復刻を目指したMK1と比べ、MK2のケースサイドは今風にソフィスティケイテッドされた分、上品さの格を上げています。腕載りという「機能面」と「より優れた美観」を同時に底上げした点を、積極的に評価したいと思います。
そのくせ、MK1にもなかった「ラグの横穴」を開けていたりするわけです。こういうところですよね。「ニバダ グレンヒェン」のニクいところは(笑)
ベゼル、ケース、ブレスレット… F77の「三位一体の文脈」

ジェンタスタイルであることは紛れもありませんが、それでもそこかしこに「オリジナリティー」を見ることができます。
特にケースとブレスレットを接続する「エンドピース」の存在感が、ニバダ グレンヒェン「F77」に独自の文脈を生み出しています。〝特徴的な凡庸〟とも言える、今やありきたりな8角形のベゼルが目立つ構造ではありますが、そこに「待った!!」をかけるのがこの「エンドピース」です。

インダストリアルな外見が「構造理解」への足掛かりになることで、単なる「ロイヤルオーク的ラグスポ」というアウトライン以外にも、装着者に多くの情報を与えてくれます。
この辺りのメッセージを受け取れるか否か… そこに「F77のデザイン」に対する〝評価の分かれ道〟があるように思います。
テーパードラインが美しい「ブレスレット」

あくまで「当時の雰囲気」を出すために作られた「ブレスレット」に余計な装飾は必要ありません。ケースサイドから意図を持って繋がるテーパードラインの美しさ、それ一点のみで楽しむタイプのブレスレットです。
結果的に一番〝飽きずに使える〟ブレスレットだと思います。別のブレスレット・ストラップへの交換が不可能だとは申しませんが、基本的には「専用設計のブレス・ストラップしか受け付けない」時計です。それ故、飽きが来るようなデザインではダメですし、少し傷が付いたくらいで印象が悪くなるような、繊細過ぎるデザインも良くありません。「F77」には、このブレスレットで良いのです。

それでも、無骨な構造を表に出した「エンドピースのデザイン」などは、十分に目の保養になります。相変わらず良く出来た「クラスプ」も、F77の雰囲気にマッチしていると思います。
41ミリと38ミリ、MK2のオートマティックは「2つの選択肢」

ちなみにMK2の機械式オートマティックのモデルには「41ミリ幅」と「38ミリ幅」、2つのサイズ違いが存在します。今回手に入れたメカクォーツクロノは38ミリケース。MK1は今のところ「37ミリ幅」のみです(忠実な復刻はブレないのだ)
MK1に大型は存在しませんでしたから、MK1からMK2に変遷するにあたり「もう少し大きなサイズが欲しい」という消費者の声に対応したものだと思います。とはいえ、時計のサイズ変更は「一から設計し直す」に等しい面倒ごとです。それすらも厭わず41ミリ幅を作ったのですから、消費者の「ジャンボモデルへの希求」は小さくなかったと思われます。
で、公式ページを見る限りですが、サイズアップでベゼルとダイヤルのバランス関係が変更されて、中々に興味を引くアウトラインになっています。いずれ3針モデルも買うときが来たら、思い切って「41ミリを選ぶ」という可能性も出て来ました (*´∀`*)
エモーショナルが際立つ「F77のダイヤル」

私が購入したメカクォーツ クロノグラフ版「F77」のブルーダイヤルには、まるで沖縄の畳のように美しい「織り目模様(ウーブン)」が施されています。あの〝チョコみたいなブロック状のアレ〟じゃなくて本当に良かったです(笑)
鮮やかなブルーの光沢を失うことなく、複雑な表面の凹凸が視覚をくすぐる色変化を作り出しています。すごくキレイ。ずっと眺めていても飽きることがありません。できることなら、この「エモさ」を皆さまにも味わっていただきたいものです。

ブラックダイヤルには「ダークカーボンテクスチャ」を採用しています。んー… 今思えば、ブラックでも満足できた可能性は高かったと思います。そもそも渋めの〝ブラックダイヤルが似合う〟全体デザインですからね (*´ω`*)
「MK1スタイルの針」を採用した、F77 クロノ メカクォーツ

F77の針デザインの基本は蓄光入りの「バーハンド」。高さのあるバーインデックスと対となる設計で、バランスも良好です。ぶっちゃけ「F77にはこれ以上の組み合わせはないよなぁ~」と思っていました。
ところがMK2の3針モデルに激シブの「ドーフィン針」が出現。これが入手を目論んでいた私を少なからず混乱させました(汗)
MK1かMK2か、或いは3針かクロノグラフか… そうやってずっと悩みの渦中にいた私に〝新たな分岐点〟… そうして決められなくなっちゃったのです。
もちろん、選択ルートが増えれば基本的にはありがたいことです。しかし〝本当に欲しい対象〟が分散する事態は、決断のひと押しを鈍らせます。そんなこんなで紆余曲折あっての「F77 クロノ メカクォーツ購入」と相成りました (*´∀`*)
VKメカクォーツを搭載したMK2のバイコンパックスクロノグラフには「MK1スタイルの針」が採用されています。個人的にこれは〝大正解〟だと思っています。3針と同じ37ミリ幅のケースにクロノグラフ由来の視覚要素が増えたわけですから、主張の強いドーフィン針だと些かしんどいダイヤルになっていた可能性があるからです。
作品主義が生んだ「MK1とMK2の融合」 F77 クロノ メカクォーツ

つまり、私が購入した「メカクォーツ モデル」は、忠実に復刻された「MK1」と、使い勝手に磨きをかけた「MK2」の〝良いとこどりウォッチ〟と言えるかもしれません。ブランディングのコンサルタントなら「中途半端は止めましょう!!」なんて釘を差すところかもしれませんが、ライデ氏率いる現在のニバダ グレンヒェンに共通する「純粋な作品主義」が、そんな常識を凌駕しています。
そこに時計が格好良くなるアイデアがあるなら、統一感すら壊すことも厭わない。実際、死の淵から蘇ったようなブランドなのですから、過去の遺産を土台にしつつも、第二の〝ブランド生〟では様々な可能性を探求して欲しいと思っています。
「F77」が時計好きの間で白熱した議論を生み出しているのは事実です。とはいえ、称賛も批判も心理学では〝コインの裏表〟… 即ち同一の構造を持った反応であるとされています。これら両極端の意見に翻弄される現状が、ブランドとして如何に「健全な状態」であるか、昨今、右肩上がりを見せている他のブランドを見れば明らかでしょう。批判こそが〝熱烈な信者〟を生み出す土壌だからです。
熱狂的なファンがいて、口さがないアンチがいて… 要するに、ブランドとして健全な状態にあるのが現在の「ニバダ グレンヒェン」なのです (*´∀`*)
そもそも「F77」は〝ラグスポ〟なのだろうか??

ここまで「F77の魅力」を私なりに言語に置き換えてみましたが、ふと〝根本的な疑問〟が湧いてきました。なんと申しましょうか… そもそもF77って「ラグスポ」なのかなぁ~って。
見た目で言えば、どこから見ても「ラグスポに分類」されるべき時計です。ケースから一体となって伸びるブレスレット、解りやすい特徴を持つベゼル… そこだけを見れば確かにラグスポの文脈です。
ところがF77は、そもそも〝贅沢を売りにする時計〟ではありません。価格にしても出自にしても〝ラグスポ風のデザインを模した実用時計〟というのがF77の立ち位置で、そのように解釈してそのように楽しむべき時計だと思います。洒落たスポーツモデルではあっても、所謂〝ラグジュアリーではない〟… それが今回、私が導き出した答えです。
「クワイエット・ラグジュアリー」の側面はありますけどね (*´ω`*)
新旧ニバダ グレンヒェンに共通する「苦み走り」の正体

日本国内で実機を拝めると知るまでにも、海外のオークションサイトなどで「ニバダ グレンヒェン」の旧モデルには目を光らせていました。むしろ先に「クロトン」の存在を知っていたくらいで、その後に「クロトン=ニバダ グレンヒェン」であることを学習しました。
クロトンとして私の中で育った「ニバダ グレンヒェンのイメージ」は、現行の「クロノマスター」に繋がるクロノグラフモデルに集約されます。今思えばつくづく「買っておけば良かったのに」と後悔しかないお手頃価格で取引されていたそれらは、実用品としてガシガシ使い込まれた状態には不似合いの、若々しく攻撃的な〝熱〟を放射していました。

激シブの見た目に熱い魂… それはまるで、子供時代に親しんだ昭和の刑事ドラマのようでした。
子ども心に「こんな大人になりたい!!」と憧れた苦み走った大人たち… 例えるなら俳優の若林豪さんかな。この例えだけでも、解る人には何かが伝わるはずです。え?? 解らない?? 困ったなぁ… 今すぐGメン見て下さい(笑)
そんなわけで、真っ直ぐな復刻道を邁進する「新生ニバダ グレンヒェン」にも、同じ「苦み」を感じています。
最後に… 時計ブランドとして〝筋を通した復刻〟… ニバダ グレンヒェン「F77」シリーズ

海外掲示板における「F77への批判」は、その多くが「ロイヤルオークに似ている」ことに端を発しています。その反面、そんなことは百も承知の上で、出来の良い〝ジェンタスタイルの復刻〟を評価して「色々あるけどオレは買った」みたいな報告が多いのも特徴です。
「許せない」と考える人にとっては、それがどれだけ良く出来た時計であろうが関係ありません。要するに現代の指標の中で「絶対に真似てはいけない時計」の一つであるロイヤルオークに寄せた時点で、自らの時計評価の物差しを、膝でへし折ってしまう人が少なくないのです。
その感覚は私の中にも燻っていますが、同時に「感情で判断しては勿体ない」と思うところもあります。それくらい「F77」は気持ちの良い時計だからです。「真似た時計なんだから良くて当たり前」… そう仰る気持ちも理解できます。だから困るのです。
ただ、事実を事実として冷静に判断するなら「F77の復刻自体」は許されるべきです。オリジナルが生まれた時代背景からいって、その時点で問題にならなかった部分を今の尺度で断罪するのはアンフェアと言うもの。ここが、自社のアーカイブに存在しない時計を「復刻風」にリリースしているブランドとの決定的な違いだと思っています。
ニバダ グレンヒェンの「F77 シリーズ」はある意味しっかりと「時計ブランドとして筋を通した」復刻なのです (*´∀`*)
| F77 SST CHRONO MECAQUARTZ BLUE MK2 – 38MM | |
|---|---|
| 項目 | 内容 |
| ダイヤル | ブルー ウーブン |
| 直径 | 38mm |
| ケース厚 | 12.2mm |
| ケース素材 | 316Lステンレススチール |
| ラグ・トゥ・ラグ | 46.2mm |
| ケース仕上げ | サテンブラッシュとポリッシュのコンビ仕上げ(ガラス周辺含む) |
| ケースバック | 316Lステンレススチール(シルバー) |
| ブレスレット幅 | 22mm→16mm |
| リューズ | ねじ込み式 |
| バックル | 316Lステンレススチール製 プッシュボタン式デプロイアント |
| ムーブメント | VK64 メカクォーツ |
| 風防 | サファイアクリスタル(ダブルドーム) |
| 防水性能 | 10気圧防水 |
| 機能 | 2針(2カウンター)+日付表示、センタークロノグラフ秒針(1/5秒計測)、クロノグラフ分積算計、24時間表示 |
F77に関する余談:
当のニバダ グレンヒェンにしても、復刻のリリース当初は「何か言われるかも」と心配していたに違いありません。それでも販売に漕ぎつけた背景には、オールドファンの後押しや、輝いていた時代のラインナップを現代の時計ファンと共有したいという、強い気持ちがあったからでしょう。
折角ですので、ちょっと面白い「事実」をお耳に入れておきます。
私の周りには現行の「ロイヤルオーク」を使っている方が(信じられないことに)何人もいるわけですが、その中に「F77」を愛用している方がいらっしゃいます。
解りますか?? このゆとり… この「圧倒的な勝者の贅沢」(笑)
私にはこの先も味わえそうにありませんが、逆説的に考えたら、ロイヤルオークのオーナーこそが「F77を最高に楽しめる人」なのかもしれません。
そもそも「パクリ」だなんて思っていたら〝リアルロイヤルオーク使い〟が興味を持ったりはしないでしょう。揶揄する目的?? きっと違うはずです(心底楽しんでるように見えますからね!!)
「値段を考えたら侮れない存在」として認めているからこそ、珠玉のコレクションに加える気持ちになったに違いありません。何にせよ羨ましい限り。時計好きにとってあれは、まさに「夢のような贅沢」です (*´ω`*)










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