2023年に「ブヘラ株式会社(Bucherer AG)」を買収したロレックス。そして2025年、大方の予想通り「カール F. ブヘラ」ブランドの終了が発表されました。
1888年に設立され、137年の歴史を持つ高級腕時計ブランド「カール F. ブヘラ」。ブヘラがロレックスに買収された後も、これといったテコ入れが行われた様子もなく… 天下のロレックスとしても「潰す」しか方策がなかったとすれば、それはそれで淋しい話です。
私は好きでしたよ。一本だけですが、持っていますからね…「パトラビ クロノグラフ(00.10618.08.33.21)」を。
ですから、個人的にはロレックスさんに面倒を見てもらって、細々とでも生き残ってもらえたらと考えていましたが… さすがと言いますか… ホント、ロレックスさんは無駄なことに金使いませんね(汗)
ロレックスさんとしては、スイスを代表する高級腕時計販売チェーンであるブヘラを傘下に収め、ヨーロッパを中心に自社製品の流通と販売を強化したい狙いがあったと想像できますが、小売部門をブヘラによって強化する狙いはあっても、ブヘラの時計ブランドを維持する「メリットは薄い」と判断したのでしょう (;´Д`)
カール F. ブヘラの「略年譜」
万感の想いを込めて、惜別の「カール F. ブヘラ略年譜」を作りました。中々どうして!! 大したブランドでしたよ。実際!!(写真はカール F. ブヘラ公式から)
1888 年
カール・フリードリッヒ・ブヘラが宝飾時計店をルツェルンにオープン。懐中時計全盛だった19世紀末ではあったが、近いうちに腕時計の時代が来ると確信。二人の息子とともに腕時計の時代を作るべく働く。
女性用の腕時計普及にも心血を注ぐ。
1949 年~
バイコンパックス、トリコンパックス、ビックデイトを備えたクロノグラフを開発。
1960 年~
クロノメーターへの挑戦。200メートル防水を備えたアルキメデススーパーコンプレッサーを開発。
1980 年~
伝統に囚われない美の解釈を時計で表現。スイスの高級腕時計産業を卓越した審美性で支える。
2001 年~
COSC認定クロノメーターを取得したパトラビトラベルテックの開発。クロノレトログラードでは6つの機能を集約、技術力の高さを見せ付けた。
2008 年~
独自のペリフェラルロータームーブメント「CFB A1000」を開発。2013年には初のトゥールビヨンをリリース。
2016 年~
新型ペリフェラルローター自動巻き「CFB A2000」を発表。ほどなく「CFB T3000」をリリース。高級腕時計財団の一員に。
2019 年
ヘリテージラインを発表。130年に及ぶ歴史の集大成とする。
2021 年~
ペリフェラル技術で新たな境地。「MR3000」を搭載したミニッツリピーター機構のレギュレーターを発表。
… とまあ、最後の最後まで、魂を感じる時計作りを見せてくれました。今はただ「お疲れさまでした」とほうじ茶でも煎れてあげたい気持ちです。
ロレックスにとっても苦渋だったに違いない「カール F. ブヘラ」の終焉
経営視点で言えば、「ブランド終い」は大正解だと思います。足を引っ張ることはあっても、ロレックス社の売上を支える存在にはなり得えなかったでしょうし、ダラダラと引っ張らずにバッサリ行ったところに、ロレックスの情けを感じないでもありません。
ただ、希少な独立時計ブランドだった「カール F. ブヘラ」の失逸は誠に残念なことです。しかも「ブヘラ」の名前を冠している以上、今後、他の資本によって復活する可能性についても望みは薄いでしょう。
そもそも、「カール F. ブヘラ」が人気ブランドであったなら、ロレックスさんだって安々とは潰せなかったはずです。ユーザー層の厚い人気ブランドを「大人の事情」で潰したりしたら、それこそロレックスさんだってただじゃ済みません。悪感情に晒されるのは必至です。
ですから「カール F. ブヘラ」の消滅は「カール F. ブヘラ自身の不甲斐なさ」の側面もあるわけです。恐らくはかなり以前から、苦しい台所事情を抱えていたのでしょう。今思えば、独自性をアピールした「ペリフェラルローター自動巻き」は起死回生の策だったかもしれません。
「他のブランドとは異なる特色」を得ようとした結果が2008年に発表された「ペリフェラルローター自動巻き」だとしたら… これは今だから言えることかもしれませんが、あれは「悪手」だったような気がします。相当な無理をしたような気がするのです。
私がブヘラの中でそれなりの実権を持つポジションの人間だったなら、「カール F. ブヘラ」の時計は持てるリソースを外装に全振り。汎用ムーブメント主体の、高価なものでも50万円台の時計で勝負したと思います。ブヘラの看板はデカいわけですからその影響力を背景に、堅実な数字の出せるモデルを作ったと思います。
それでも、苦しいことには変わりなかったと思いますが、「ロレックスとの繋がりがあるとは思えないほど地味なイメージ」だけは変えられたかもしれません。まあ実際は、そんなに単純な話ではないんでしょうね (;´∀`)
「カール F. ブヘラ」は堅実な作りで知られていましたが、ロレックス傘下でチューダーと並び立つには地味過ぎました。方向性も異なりますし、ロレックスとしては「生かしておいてもあまり意味がない」と冷酷な決断を下すしかなかったのでしょう。
結局は最後まで「ブヘラ=時計販売店」というイメージから脱却できなかったことも、浮上するきっかけを得られなかった要因でしょう。日本で言えば「天賞堂のオリジナルウォッチ」みたいな位置付けだったかもしれませんね(「ヴァンダイク」が欲しいと思い続けて早幾年…)
クセの強すぎたカール F. ブヘラの「デザイン」
ウチのパトラビもそうですが、「カール F. ブヘラ」のデザインはとにかく「クセが強い」。マネロ辺りは大人しいラインですが、他(特にパトラビ)は「謎の個性派集団」といった感じで、何となく近寄りがたいイメージがあったような気がします。
と同時に「イマイチ突き抜けない歯切れの悪さ」もあったりして、アピールの熱量がそのまま消費者に伝わり難い、内にこもるタイプの時計だったと思います。それ故に消費者が「良いね!! ブヘラ!!」と思えるまでにはかなりの時間が必要で、そういった性質の面では、それこそ「ロレックスの対局」にある時計なのです。
また、過剰気味の装飾で独自性を狙っているはずが、パッケージとしての「個性」を獲得するまでに至らなかったのも敗因だったと思います。唯一無二を打ち出したい「欲」みたいなものは、独特のデザインから染み出していましたが、そもそもデザインとは「言語」です。理解されるように伝える必要があるわけですが、「カール F. ブヘラ」のデザインにはその部分が致命的に欠けていました。
もっと普通っぽく、もっと「今」におもねったデザインであれば、もう少しセールスは伸びたかもしれません。ブヘラという豊饒の大地を活かしきれなかった「カール F. ブヘラ」を見て思うことは、「瞬間的に理解されるプロダクトデザイン」の大切さです (;´Д`)
カール F. ブヘラに「ペリフェラルローター」は必要だったのか??
カール F. ブヘラは「時計好きの間で熱狂的に支持されるブランド」ではありませんでした。しかし、技術的には独自性のある面白い時計を作っていたと思います。トゥールビヨンにミニッツリピーター… 高級腕時計メーカーとして、やれることはやっていたんですよ。
特に晩年、ブランドの象徴的な技術となった「ペリフェラルローター(ムーブメントの外周に回転ローターを配置する構造)」は画期的でした。
通常のセンターローターと比べて、ムーブメント全体をすっきりと見せられる点が高く評価された「ペリフェラルローター自動巻き」。
巻き上げ効率については賛否両論あったようですが、機構が複雑で製造コストがかかるため、他のブランドが二の足を踏むところに「敢えて行った」その突貫精神だけは、私も温かい目で見守っていました。ただ、ブランドの実力から言ってそれら挑戦には、相当な負担が伴っていたはずです ( ;∀;)
当然ながら、そういった「背伸び」は価格に上乗せされます。汎用ムーブメントを使っていた時代から大きく上昇した価格は大台の100万円ゾーンに侵入。そこにはIWCやジャガー・ルクルトなど名門がひしめきます。綺羅星の如きブランドを目の前にして、消費者にしてみれば「わざわざカール F. ブヘラを選ぶ理由」を探す必要性に迫られるでしょう。
少しくらいは「何だか面白い時計だな…」と思ったとしても、普通は「じゃあブヘラで!!」とはなりません。「マスターもポルトギーゼも良いけれど、おれは変態的にパトラビを選ぶ!!」くらいのエキセントリックなマインドをお持ちの方でない限り、このゾーンで「カール F. ブヘラ」を選ぶ人はごく少数だったに違いありません。
稀な可能性としては「時計の酸いも甘いも噛み分けまくった御仁」が、変わった時計を探してペリフェラルローターに行き着く可能性はあったかもしれません。しかし、そんなところ頼みでまともな商売なんてできるわけがないのです。
ちなみにペリフェラルローター自体はカール F. ブヘラの独創でもなんでもありません。例えばパテック・フィリップが1970年代に製造した「Cal.350」も、薄型化を実現するために開発されたペリフェラルローター機でした。カール F. ブヘラが凄かったのは、それを「継続して量産」してきたことです。
ペリフェラルローターで指摘される問題点
「カール F. ブヘラ」のペリフェラルローター採用年数は2008年からとそれなりですが、問題点を洗い出して、抜本的な改良を行えるほどの時間は無かったかもしれません。
パテックがペリフェラルローターを採用した「Cal.350」も、結果的には長続きしませんでした。ケース裏にリューズを配置する独特の設計にも問題があったかもしれませんが、他にも幾つかの理由が思い浮かびます。
巻き上げ効率の問題
ペリフェラルローターは、センターローターやマイクロローターに比べて巻き上げ効率が落ちやすい。ローターが外周を回るため歯車の伝達ロスが大きくなり、トルクの制御も難しくなる(これには諸説あり)
製造コストが高くなる
ペリフェラルローターは、ムーブメントの外周にあるレール上を回転するが、これが精密で高コストな加工を必要とする。さらに、耐久性の面でセンターローターよりも劣る可能性がある。
構造的なデメリット
例えば、耐衝撃性の問題。センターローターならムーブメントの軸でしっかりと支えられているが、ペリフェラルローターは外周で支えられている分、強い衝撃を受けると歪みやすい。
結果として、パテックは 「センターローターを薄く作る技術の進歩」 と「マイクロローターの進化」を選びました。他の方式で薄い時計が作れるなら、わざわざコストのかかるペリフェラルローターを使う理由はありません。
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これら周知の問題に向き合った結果、「イケる!!」と踏んでペリフェラルローターを投入したカール F. ブヘラでしたが、今はまだ稼働中の公式ページを見る限り、開発と生産にはとんでもない手間とコストが掛かっていたようです。淘汰されても仕方がない技術のようにも思えますが、可能であればどこかが引き継いで、面白い時計に使われる未来にも期待したいところです (*´∀`*)
最後に… 間違いなく「良い時計を作るブランド」でした。合掌!!
一度でも好きになって、安くないお金を支払って購入した時計のブランド消滅なんて、できれば経験したくありません。
「カール F. ブヘラ」ユーザーとしてみれば、今後のメンテナンスにも漠然とした不安があるでしょう。まあ、その辺りはロレックスが何とかしてくれるような気もしますが、例えば「ベゼルが吹っ飛びました!!」みたいな事態に対してパーツを供給できるのかという疑問。最悪、ムーブメントは何とかできる気がしますが、外装だけはストックに頼るしかありません。その辺りの管理をいつまで続けられるか…
また、世界に点在する販売拠点に関しては、今後徐々に縮小され、いずれは他のブランドを扱うようになると発表されています。従業員たちの行く末も気がかりです。時計業界は引く手あまたと聞いてはいますが、所属が変わったりするだけでも相当なストレスがありますからね。
良いブランドでしたよ。それは間違いありません。浮き世離れしたセンスが徒になったところはありますが、一度理解してしまえばそれすらも可愛く思えるのが腕時計です。
うちの「パトラビ」さんも謎の古代遺跡の如き威容ですが、良く見ると「時計好きならグッとくる作り」。とっ散らかっているようで、ちゃんと上品に纏まっている辺りに、歴史あるブランドの神髄を感じることもできます。
恐らく、ロレックス傘下でなければ、驚異的なセールスは望めなくてもそれなりのポジションで腕時計業界に留まるだけの実力が「カール F. ブヘラ」にはあったと思います。ただ今回は、世界で一番シビアな腕時計グループであるロレックスのロジックが働いて、「これ以上の投資は無駄」ということになったわけです (;´Д`)
「力不足だった」といえばその通りです。ですが、ダメダメブランドとして淘汰されたわけではないことだけは、皆さまにも覚えておいていただきたいと思います。う~ん… それでもやっぱり、どう考えてももったいないし、悲しいですねぇ ( ;∀;)
余談:
在庫がどうなるのかは解りませんが、もしも「在庫処分」される瞬間が訪れるなら、新しいブヘラを買いたいと思っています!! マネロのペリフェラルなら持っていても損はないでしょうし、そのタイミングで敢えて「エグいの」に行くのも面白そうです (*´∀`*)
果たして、そんなチャンスがあるものやら… おっと、こんな時間に誰かが来たようだ…
ご意見・ご感想
コメント一覧 (4件)
今日確固たる地位を築いているブランドの
凄みを改めて実感しました。
自分もブランドなんてそこまで意識してないと日頃
思いますが、やはりいざ買うってなると色々考えてしまいますよね。
腕時計業界で生き残るのはなかなかに大変そうです。。
こういった歴史あるブランドの終了は悲しいですね。。
カールFブヘラと言えば、キアヌ・リーヴスのお気に入り時計として有名なのでもっと宣伝しても良かったのでは?と思います。
映画でもプライベートでも着用していたのが、とてもカッコよく買う直前までいきました。
ご指摘の通り割高感があり、同じ値段帯にいるライバルと比べると即断は難しいと判断してしまいました。
キアヌはサブマリーナも好きでよく付けているようですので、両社の不思議な縁を感じます。
今後のメンテナンスは難しくなるかもしれませんが、処分価格になり、安くなるのであれば再度検討したいと思います。