
2015年5月、銀河系で一番尊敬していた親父が亡くなった。享年80歳。
現役時代の親父は猛牛のようにパワーがありました。小柄だが横幅のあるガタイは、学生の頃の柔道と喧嘩と日本海で培われたそうです。
忙し過ぎる親父の姿に、大人世界の怖さを知る
家族としてはそんな「豪快極まりない」親父に振り回されっぱなしだったわけですが、とにかく仕事で家にいませんでした。私が幼い頃はヨーロッパに数年滞在してましたし、高校生くらいのときは中国の深圳と大連が親父の戦場でした。
たまに家に帰ってきても、滞在時間の短さたるや…(;゚Д゚)
親が煙たいお年頃の私としては「居なくてラッキー」くらいの気持ちでしたが、それでも真夜中に帰ってきて早朝のタクシーでいなくなる親父の日常を見て、「大人になるとこれが当たり前になるのか」と言い知れぬ恐怖を感じていました。
多趣味な親父の「時計コレクション」
「仕事9割、家庭1割」みたいな親父だったが、意外にも多趣味な人でした。
油絵を親父に教わったりもしましたし、海釣りはやパチンコはプロ級の腕でした。ゴルフは仕事の付き合い以外でも興味があったらしく、スーパーファミコンのゴルフゲームは親父も混じって家族で盛り上がったっけなぁ。負けると「本物の芝は…」とか言い出す人でしたが(笑)
他にも洋酒の収集やボトルシップ作り、蔵書も凄かったですね。なので亡くなってすぐに問題になったのは親父が収集したモノの処分方法でした。
憧れだった親父の腕時計趣味
親父の趣味の中で唯一、私がシンパシーを覚えたのは勿論「時計のコレクション」。
私の記憶では多数のオメガを所有していた…はずなのですが、どこにも見当たりませんでした(ロレックスやロンジンは発見済み) お袋に聞くと生前の形見分けと称して仲の良い友達にあげてしまったらしい。
これにはショックを隠しきれない私。
親父の持ち物だから親父が誰にあげようと勝手なのですが、実は親父のオメガの中に一本、私にも思い出深いものがありました。
無断で借りまくった「金のオメガ」
どういうモデルだったか詳細は不明です。金無垢の3針、黒クロコのストラップで確か手巻きだったと記憶しています。
それを私は中学、高校、大学、そしてセツ・モードセミナーに在学中、何度も繰り返し(無断で)拝借しました。
当時の彼女とのデートの際にも拝借しましたが、相手の女の子もまだ子供、「あらオメガ、素敵♪」とはならないし、当然無反応でした。しかし私はオメガを(無断で)借り続けました。何となくですが…身に着けるだけで、一端の大人になれた気がしたのかもしれません。
しかしある時、親父にバレました(笑)
そして、腕も脚も丸太のような親父が仁王立ちで私に言いました。
「勝手に持っていくな」… 当然です。機械式の作法もしらない子供が使って言い訳がありません。さらに「貸してほしいときにはワシに言え」( ゚д゚ )うん… パパごめん。
あのオメガだけは残しておいて欲しかった~
その日から「オメガの無断拝借」はなくなりました。数年後、それなりの収入を得られるようになった私は、今考えるととんでもなく身の程知らずな、ある時計を購入するのですが… それはまた別の機会に書くとして。
「親父の金のオメガ」とセットで思い出される彼女とのデートの記憶。親父の思い出も彼女の思い出も一緒くた。そんなわけで、他のは無くてもいいから、あのオメガだけは残しておいて欲しかったなぁ~(TдT)
この金無垢オメガが若かりし頃の親父のモノになるまでの話も印象的なので、それもいずれご披露します(と思って過去記事読み返したら、すでにこのエピソードも書いてました)


ご意見・ご感想