『Baltic』フランスの洒脱が詰まった〝ネオ・クラシック〟

腕時計というゲニウス

 腕時計をし忘れる日が、数ヶ月に一度ですがあったりします。数だけは沢山の時計を所有しているので、例え「365分の1日」だったとしても、腕時計を使用する貴重な機会を失ったような気がして酷く落ち込みます。完動状態にある時計を50本と考えて、それらを平等に万遍なく使ったとすると、1年の間に1本あたり僅か7回ほどしか出番が来ない計算になるわけですから… そりゃあもう落ち込んで当然です (;´∀`)

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腕時計の装備で〝防御力〟が上がる?

 落ち込む理由は他にもあります。腕時計をし忘れると、何となくですが自分の「防御力」が落ちるような気がするのです。

 もちろん腕時計はライオットシールドではありませんから、投石を防いだりはできませんし、ゲバ棒で殴られたりすれば簡単に壊れてしまうでしょう。物理的な防衛手段の役には立ちません。しかし私にとっては自分の「心」を強くする作用が確かにあるのです。

ガッツリ系の時計ならば尚更…

 単純に気に入ったものを身に着けて「気分が上がる」という面はあります。誰に知られるでもなく、自分だけの満足のために存在する「高級下着」的な時計もあれば、VUITTONのバッグのように誰にでも解るステータスを誇る時計もあって、それらは種類の違う幸福感で装着者を包み込みます。その包まれる感覚こそが間違いなく心の防御力を上げます。

モノが持つ歴史と叡智に抱く畏敬

 歴史と叡智を身に着けている、という事実でも気持ちが強くなります。世界有数の才能が苦心して形にした価値観を常に身近に感じることができるという意味では腕時計は最高です。歴史を学べば学ぶほど、一個の「モノ」に過ぎない腕時計に対して、その成り立ちに深い畏敬の念を抱かざるを得ません。

 しかし腕時計を一番心強く感じるのは、私のために頑張って時を刻んでくれているという事実でしょうか。特に機械式の腕時計はその純粋に物理的なメカニズムがどこか生物的でもあります。それは忙しさに我を忘れるような時でさえ、傍らで二人三脚してくれる頼もしいパートナーのように、「頑張れ!」と鼓舞してくれる存在に思えるのです。

〝ゲニウス〟 腕時計の姿をした護符

 時計好きの方のお話をSNSなどで伺う機会が増え、私だけではなく、多くの愛好家さんたちが同じように考え、小さな小さな腕時計という存在に、日々救われていることを知りました。

 激務で疲れ果てた夕暮れ、口さがない同僚の一言が頭にこびりついて離れない帰り道。そんなやり場のない心境で落とした眼差しで見入る腕時計…

 いつでも冷静に時を刻み続ける毅然とした腕時計の姿を見て、こんなことじゃいかん!! この素晴らしい腕時計の主に相応しくなければと、自らを鼓舞した経験のある人もいるはずです。

 腕時計は、いざというときに身代わりになってくれるような都合の良いお守りではありませんが、装着者が前を向き腕を振って歩き続ける限り、寄り添うように鼓動を刻んでくれる頼もしい存在です。それはラテン語で言うところの「ゲニウス」。貴方や私の傍らで見守っていてくれる「機械の守護霊」です。

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