『Baltic』フランスの洒脱が詰まった〝ネオ・クラシック〟

人生には腕時計という「虚数」が必要である

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知れば好きになるもの、嫌いになるもの

 その正体を知れば知るほど「好きになるもの」と、反対に「嫌いになるもの」がありませんか?「こんな事なら調べるんじゃなかった…」と後悔しても後の祭り…それまでの好評価が正反対に逆転してしまうことすらあります。

 「コチニール」という色素をご存知でしょうか?食品に添加する天然の色素で、例えば「いちご牛乳」などに鮮やかな「赤(ピンク色)を着けるために使われます。

 いちご味のチョコレートやクリームは、その味というより「色」が重要です。あの色味が無かったとしたら…機会があれば目隠しをして「いちご味のチョコ」を食べてみてください。ほとんどの人は「いちご味」であることすら認識が怪しくなると聞きます。

 何を思ってのことか、私はあの鮮やかで心を躍らせる赤い色素「コチニール」って何なんだろう?と気になって仕事の合間の休憩時間に、スマホをちょんちょん叩きました。調べる前の予想では「赤い花や種子が特徴の植物」をすり潰して抽出したんだろうなぁ~くらいに考えいていました。ところが…

とある「昆虫」をすり潰した色素と判明 (・∀・;)

その名も「カイガラムシ」

 虫の類が異様に苦手な人も多く存在しますので、具体的なお姿は控えますが、まぁ…気持ちの良いものではありませんでした。第一、一番残念なのは…

カイガラムシを「いちご」と思っていた愚かさ

 人間には深く追求してはならない「深淵」があるのですね(´;ω;`)

腕時計という「知れば好きになるもの」

 知れば知るほど「好きになるもの」について言えば、私にとって「腕時計」はその最たるものです。

 私は「身銭を切って何かを買う」という行為を神聖なものだと思っています。価格の大小を問わず、誰しも購入の動機からそれなりの葛藤が生じつつ、購入に至る道程があります。

 その結果が上手く行けば「WIN」失敗すれば「LOSS」というわけです。つまり私たちは消費生活の中でこのような「小さな勝利と敗北」を日夜繰り返していると言えるのではないでしょうか?

虚数としてのコレクション

 そもそも腕時計は「一個人が一本」持っていれば何の問題もない実用品です。現実的に言えば、私が集めてきた古今東西の時計たちは、そのほとんどが余計な代物…「虚数」と言えます。

 腕時計に限ったことではなく、あらゆるコレクションは実数の枠を逸脱した「虚数」の塊です。他人から見て、それが必要以上に膨れ上がった集合だった場合、それは明らかな「無駄」なのです。

無意味の中にある可能性

 自分の手足の数を遥かに超える「腕時計コレクション」は確かに無駄で無意味な「虚数」なのかもしれません。しかしその「無意味」の中には、この先の人生で一番重要な「可能性」が秘められているかもしれない。

 そういう夢を見れなくなったら、男は終わりだと思いませんか?(*´∀`*)

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About the Author

砂布巾のアバター 砂布巾 主筆・主宰

 主宰・主筆を務めます砂布巾(すなふきん)と申します。一般報道機関で働く傍ら、好きな腕時計のことを自由に発信できる場所として、2017年12月、弊サイト「腕時計喫茶」を立ち上げました。座右の銘は『何年経ってもトーシロー』。

ご意見・ご感想

コメント一覧 (2件)

  • takashi196608さま。
    お久しぶりです(笑)
    やってるじゃないですか~
    「人にはそれぞれの虚数がある…」とか、
    サントリー辺りでコピーにしてくれないでしょうか(笑)
    想像もしていなかった苦境ですが、
    お互いあがきまくりましょう!

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